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ピンクリボンNEWS 5号(vol.2 no.3)

 

おめでとう東京オリンピック、おめでとう乳房オンコプラスティ(乳房再建)、~ 幾多の困難を乗り越えて ~

認定NPO法人 J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)
理事長 田中完児

 

今日、めでたく2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定した。本当にうれしいことだ。1964年の東京オリンピック当時、私自身はまだ小学校4年生で、アジアはじめてのオリンピック開催ということで、当時は日本中が興奮のるつぼの中にあった。2020年にあの興奮をまた経験することができるのかと思うと今から気持ちが落ち着かない。

 

しかし、今回の開催招致までの道のりはそう容易なものではなく、その裏には幾多の試練があった。過去の落選。東北大震災による原発事故と放射能汚染についての日本への誹謗中傷と風評被害。その困難を乗り越えて、この度オリンピック招致に至ったことは実にうれしいことである。

 

そんなこんなで、1964年からほぼ半世紀を経て日本の東京オリンピック開催が叶ったが、乳がんの世界でもほぼ半世紀の時を経て現実に夢が叶ったことが私自身の中にはあった。それは、今年2013年6月12日に乳がん全摘手術後の乳房再建に使用する人工乳房の保険適応が承認されたことである。今回承認されたのは人工乳房を体内に入れる際に皮膚を伸ばすための皮膚組織の拡張器(ティッシュー エキスパンダー)と人工乳房である。未だに、種類は限られたものしかなく充分とは言えないが、現在種類も形状や材質が自然に近いものを承認申請中である。

 

もともと保険適応がここまで遅れたのには理由があった。それは人工乳房の安全性である。これを使った乳房形成は奇しくも東京オリンピックが初めて開催された1960年代に飛躍的に進歩した。人工乳房の製造は、1963年に米国ダウコーニング社がシリコン製バッグにシリコンジェルを詰めた乳房インプラントを開発。1965年フランスで生食水入りバッグが誕生。人工乳房の船出もこのまま順風満帆に行くかと思いきや大きな問題が前に立ちはだかったのであった。それは1990年代にダウコーニング社のシリコン製バッグの破損と内容物の漏出による炎症の発生、はたまた最悪は膠原病が発病したとのことで訴訟が続出したのであった。その後の検証によりシリコンゲルと膠原病の関連は科学的には認められなかった。1990年以降の人工乳房とそれに関連した米国での事項を年代別で述べると、1992年 シリコンジェルバッグ使用禁止、1994年集団訴訟和解($4,250million)、1995年ダウコーニング社破産、1996年学会は豊胸材を市場に戻すように助言、2000年生食バッグ承認、コヒーシブシリコン開発、2006年シリコンバッグ使用許可、といったところである。最近では2011年12月にはフランスのポリ・アンプラン・プロテーゼ(PIP社)の豊胸材の問題(破損の恐れと医療用より安価なマットレス用のシリコン材の使用の発覚し発癌の恐れあり)が浮上し、人工乳房の安全性についての問題が再度浮上している。日本はというと残念なことに厚労省は本年まで乳房インプラントの薬事承認はしておらず、安全性に関して保障して来なかった。このように人工乳房は歴史的に多くの難問を抱えてきたが現在では改良が重ねられより安全で充実した内容のものが使用可能となっている。

 

私個人としては、1980年代はじめに研修医時代を過ごしたころには人工乳房は医療の中でもっと手近なものであった記憶があるが、1980年後半から1990年にかけてピタッとその姿を消してしまった。しかし、欧米ではその後1990年代後半、特に2000年以降からは人工乳房を用いた乳房形成はずいぶん進んだ。これに比べて日本はこの分野で大きく遅れをとってしまったというのが実感だ。それだけに今年保険適応を受けたことで日本の遅れを取り戻す大きな一歩となることを期待したい。

 

東京オリンピックも人工乳房も1960年代から50年以上も歳月を経て再び日本の国民の未来を明るくしてくれると確信している。

 

おめでとう、そしてこれからもがんばろう!!

 

For the future generation!!