新しい乳がん治療と薬剤開発
日本人乳がんの発生頻度は多く、早期発見により治癒が得られていますが、中には再発する方もいます。そのような患者さんにとって、新薬の開発は生存期間の延長に直結しており、重要な関心事となっています。一方、新薬開発は欧米が中心的な役割を果たしてきましたが、近年、日本発の新規抗がん剤が期待され、明るい話題もございます。このような医学研究をさらに日本で推進していくために、患者団体の影響力は必要不可欠と言えます。欧米では患者団体がイベントを通じて集めた寄付金を、有名ながん研究施設に研究資金として提供し、研究者たちもそれに見合う研究を患者団体へプレゼンし、進捗報告していく仕組みがあり、患者の声を反映できます。
私は2012-2014年に米国ヒューストンにあるMDアンダーソンキャンサーセンター(MDA)に留学していましたが、リレーフォーライフのイベントで得られた、がん患者たちの寄付から頂いた奨学金で、身の引き締まる思いで勉強していました。MDAは、かなり規模の大きながんセンターで、従業員が19,000人以上、ビルは20個以上あり、2012年のデータで、外来患者数が年間128万人と、日本では考えられないほどの大きな施設です。ここで行われている研究は壮大で、1962年にケネディ大統領が、月へ行くアポロ計画を打ち出したのが、ヒューストンであったことにちなんで、50年経った2012年にMoon Shotプログラムを発表しました。多くのがんを撲滅するキャンペーンを行おうというプロジェクトが始まり、アメリカの国策として実施するプログラムに成長しました。
創薬については臨床試験を通して開発されますが、第1相から第3相試験まで段階があります。最初に薬が世の中に生まれてくる時には、それが本当にいいものか悪いものかわからない状態なので、慎重に行わないといけません。少数例の患者さんで慎重に効き目を見る、それが第1相試験であり、新薬が有望なものかそうでないかを選別する重要な過程となります。
日本では、研究技術やアイデアは豊富で、後期臨床試験はしっかりできる状況にありますが、第1相試験という特殊な臨床試験を行う環境が不足しています。日本で抗がん剤の第1相試験を行えるのは、がんセンターや大学病院の中でもわずかです。その理由は、人材が育っていないことが背景にあります。医師のみならず看護師、薬剤師、並びに研究支援するコーディネーター(CRC)など、施設内に臨床試験を実施するサポート体制を持つことが極めて重要でありその院内体制を整備するのは容易ではありません。
一方アメリカでは、早期臨床試験のトレーニングシステムが十分にあり、その実績があるため、人材育成の場ができています。当然ながら新薬の新しい情報も優先的に入ってきますので、その情報をもとに新しい臨床研究がより多く発案される訳です。残念ながら日本ではこれらはまだまだ整備不十分と言わざるをえないでしょう。
さて、最近新薬として話題になっている、チェックポイント阻害剤について説明いたします。もともと免疫は、がんに対する治療効果が示されており、CD8陽性T細胞などの免疫細胞が、がん細胞を攻撃します。このT細胞が、がん細胞を攻撃する際に、PD-1、PD-L1という結合部でつながってしまうと、がんを敵だと認識できなくなってしまう。ではPD-1、PD-L1の結合部を外してあげたら、またT細胞は抗腫瘍効果を再開するのではないか、というのがチェックポイント阻害剤のメカニズムです。実際に悪性黒色腫、肺がん、腎細胞がんなど多数のがんで、免疫チェックポイント阻害剤の効果が証明されており、世界中でこの臨床試験が進んでいます。乳がんを対象としたデータはまだ少ないですが、特に肺がんなどの知見が、うまく乳がんでも使えるように応用していかないといけません。先は長いですが、乳がんの中でどのような患者が免疫治療の恩恵を受けるのかを突き止めることは急務と言えます。
【終わりに】
最後になりますが、乳がんには既に多数の薬があります。それでも炎症性乳がんやトリプルネガティブ乳がんのように、悪性度の高い乳がんにはまだまだ十分と言えません。より効果的な薬剤を開発することが重要になりますが、臨床試験と基礎研究の間をつなげられるような、トランスレーショナルリサーチという研究をしっかりやれる臨床家やその体制が確立することで、有用な薬剤開発につながると期待されます。
臨床試験は、患者さんの参加・協力があってこそ成り立つもので、患者さんの不利益にならないような配慮が必要です。特に、医療者と患者さんのコミュニケーションの場が広がるようにして、お互いにしっかりとした理解のもとで、適切に受け入れられ協力態勢ができると良いと考えています。初めにも述べましたが、患者団体が研究を推進させるような活動が進むことを切に願っています。
国立がん研究センター 東病院
先端医療科・乳腺腫瘍内科
古川 孝広