乳房再建術の現状と今後の展望
2013年7月にシリコンブレストインプラント(SBI)を用いた人工乳房による再建術が保険適用となり、乳癌術後に対する再建手術そのものの認知度や意義が一般社会にも徐々に広がってきたのではないかと感じます。
乳房再建術は大きく分けると自家組織移植による再建術(自分の体の組織を失われた乳房に移植する手術)と、前述の人工乳房による再建術の2種類が現在保険適応となっています。自家組織による乳房再建術は2013年7月以前からも保険手術により行われており、自分の体の組織を移植して乳房を作るため、軟らかい自然な形態の乳房を再建しやすいというメリットがあります。しかしマンパワーや長時間手術の問題もあり、積極的行える施設は限られていました。人工乳房による乳房再建術は、通常はまず組織拡張器(TE)を大胸筋の下に留置し乳房の皮膚と大胸筋を伸展させた後に二期的にSBIに入れ替える方法で、自家組織と比較すると手術が短時間で終了でき、またドナー部に新たに傷痕を作らないため自家組織再建による乳房再建には自信が持てなかった患者様の受け皿となりました。
しかしながら2019年7月24日Food and Drug administration (FDA) はブレストインプラント関連未分化大細胞性リンパ腫(BIA-ALCL)及びBIA-ALCLに関連する死亡例の世界的症例を報告したglobal safety informationに基づき、Allergan社のテクスチャードタイプのSBI及びTEの市場からの自主回収を要請しました。日本国内では乳癌に対する人工乳房による再建術はAllergan社のTE及びSBIのみが保険治療として使用可能であったこともあり大きな問題となりました。
BIA-ALCLという病気の概念は新しく、医師の中でもまだ理解が浸透していない部分もあります。本疾患はAllergan社製のマクロテクチャードと呼ばれるタイプのSBIや、表面がポリウレタン加工されたSBI周囲の被膜に発症するリンパ球の悪性腫瘍と表現することができます。日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会の年次報告によると、保険治療開始から2018年までに29488件のSBIが留置されているとのことです。しかし豊胸などの自費診療での症例数は含まれておらず、正確な件数の把握は難しい状況と考えられます。日本国内ではBIA-ALCLは2019年10月時点で1例確認されており、全世界的にはFDAは2019年8月の時点で573例の発症が疑われ、死亡例が33例あったと公表しています。BIA-ALCLの発症率に関しては各国でその数値はばらつきがあり、アメリカで約1/30,000、オーストラリア及びニュージーランドで約1/1,000 – 1/10,000となっています。
FDAが発表している内容では、既に留置されているSBIに関しては無症状の状態で積極的に除去することは勧めておらず、今後も定期的なSBIに対する経過観察が必要となります。
また発症した後の診断と治療の理解も求められています。BIA-ALCLの症状として、約8割の患者様に遅発性漿液腫(インプラント周囲に液体の貯留がみられるとのこと)が認められ、その自覚症状としては再建乳房の張りや増大が挙げられます。また腫瘤や硬結、潰瘍として自覚される場合もあるようです。BIA-ALCLは再建直後に発症する合併症ではなく数年以上(平均9年)経過してから発症することが多いといわれています。BIA-ALCLが疑われれば、貯留した液や腫瘤を採取し、検査に提出することとなります。治療はステージⅠ(腫瘍がSBI周囲の被膜内にとどまるもの)では腫瘍が完全切除できれば、再発は少なく治癒が期待できます。一方完全切除できなかった場合やステージⅡ以上では、化学療法や放射線治療が必要になり、この場合の予後は進行度に応じて不良となります。全ステージを含めた5年生存率は 91%と報告されています。発症する可能性は比較的低い疾患ではありますが、患者様・医師ともに情報を整理し冷静に対処していくことが重要となります。
またSBIが自主回収となった時点で既にTEが一度目の手術で留置されている患者様もおられます。既にSBIに入れ替える手術が予定されていた患者様も中止を余儀なくされました。中には自家組織による乳房再建に切り替えられる方もおられました。また新しいSBIが認可されるまで待ちたいと手術を延期されている患者様もおられます。今後状況が改善され、安心した治療を提供できることが望まれます。本稿執筆中の2019年11月5日の時点では、10月18日より旧型のスムーズタイプラウンド型のSBIであるClassicシリーズが再販売されました。また11月26日からは旧型のClassicシリーズよりゲル充填率の高いInspira シリーズが限定的に受注開始予定となり、さらに乳房再建用TEも11月8日より限定的に受注開始となりました(共に2020年1月27日から通常の受注を開始予定)。状況は徐々に改善してきておりますが、今後もこのような事態に備えるべくスムーズタイプやマイクロテクスチャードタイプ(マクロテクスチャードよりは表面のざらざらが細かいタイプ)を含めた複数のメーカーのTEやSBIの認可が望まれるところです。
大阪医科大学 形成外科学教室
講師 大槻 祐喜
教授 上田 晃一
(共著)