ピンクリボンNEWS

  • ピンクリボンNEWS

6号 vol.2 no.4

icon
PDF

乳がんと原因遺伝子解析と治療への期待

—肥満原因の新たな遺伝子発見— こんな記事を最近よくみかけませんか?インターネットで「遺伝子検査」で検索したら、肥満遺伝子検査キットのサイトが一番にでてきました。口腔粘膜の細胞を綿棒で採取して送るだけで、肥満に関与する3つの遺伝子を調べ、遺伝子レベルでその人にあったダイエットのアドバイスとレシピブックを届けてくれるとのことです。肥満だけでなく、いろいろな病気が遺伝子レベルで解明されてきました。このような遺伝子検査は遺伝子解析技術の飛躍的向上がもたらした画期的な生命科学の進歩と言われましたが、すでにインターネットで手軽に、数千円出せば遺伝子検査を受けることができる時代になったのです。

乳がんの診断・治療においても既に応用されています。乳がんの病理診断は古くはがん細胞の形態や分化度、リンパ節転移に基づいて行われていました。それをもとに抗がん剤やホルモン剤といった薬物療法の適応が決められていました。女性ホルモン依存性のがんである乳がんでは卵巣切除などのホルモン療法も行われていましたが、その適応はおおざっぱなものでした。20世紀末におおきな変化が起こります。1985年、細胞の増殖・分化に関わるHER2受容体とそれをコードする(受容体を構成するタンパク質産生の遺伝暗号となること)遺伝子であるerbB-2が同定されました。ヒトの乳がん細胞においてこの遺伝子が増幅しているものがあることも分かりました。そしてこのHER2受容体を標的とする分子標的治療薬であるハーセプチンが開発され、日本では2001年にHER2受容体陽性の転移性乳がんの患者さんに用いることができるようになりました。乳房の腫瘍のみならず、肺や肝臓に転移した腫瘍がみるみる小さくなり、そして腫瘍が消えてしまった患者さんもたくさん出てきました。まさに魔法の薬の登場でした。いっぽう、乳がんのホルモン依存性について解明がすすみ、ホルモン受容体の検査法も進歩、普及してきました。閉経前・閉経後といったホルモン環境に則したホルモン療法剤が開発され、これらも一種の標的治療として普及してきました。乳がんの70%はホルモン受容体陽性、20%はHER2陽性(うち5%は両方陽性)です。残り15%はエストロゲンおよびプロゲステロンの2つのホルモン受容体とHER2受容体が陰性で、トリプルネガティブと呼ばれます。これらは薬剤の標的となるものがなく、一般的な抗がん剤を使っているのが現状です。しかし、これらの乳がん患者さんにもあかるい光が見えてきました。

各種がんを遺伝子レベルで解明し、その治療に役立てることを目的としてアメリカのNIH(National Institute of Health)がThe Cancer Genome Atlas Network(TCGA)を設立しました。そしてTCGAから2012年、825人もの乳がん患者さんの標本を用いた詳細な乳がんの遺伝子解析が報告されました。ホルモン感受性陽性のLuminal type, HER2陽性のHER2 type, トリプルネガティブの大半を占めるBasal-like typeについて、そのがんの発生・増殖に強く働くいわゆる“ドライバー遺伝子”が明らかにされました。Basal-likeについてはがん抑制遺伝子であるTP53の変異が高頻度にみられることが分かりました。また、遺伝子レベルで卵巣がんと共通の発がんメカニズムをもつことも分かり、白金系とタキサン系抗がん剤の併用の有用性を後押しすることとなりました。また、遺伝性乳がんの原因遺伝子であるBRCA1, BRCA2の機能低下がみられるものも少なくありません。これらのドライバー遺伝子を標的とした治療薬の開発が進むことが期待されます。

ヒトの体は周囲の環境で絶えず変化しており、がん細胞も絶えず変化しています。またたくさんの遺伝子が複合的に関わっており単純でありません。遺伝子レベルの研究で開発された有効な薬剤に期待が膨らみますが、自然に逆らわず、ヒトが永い歴史のなかで身につけてきた病を防ぐ養生も大切にしたいです。

 

認定NPO法人 J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)
理事長 田中完児