「“がんに効く”○○」は 信じて大丈夫? 医療情報の見極め方・ 向き合い方を考えよう(1)
島根大学 医学部附属病院 臨床研究センター
教授 大野 智
病気になったら誰もが納得のいく後悔のない治療を受けたいと願うのではないでしょうか。近年はIT技術の進歩によって、誰もが簡単に医療情報を入手できるようになりました。ただ、インターネットには正確な情報だけがあるとは限りません。それは、書籍でも同様です。また、医師からの説明も含め、大量の情報に翻弄され、治療方針を決めることに負担を感じたり、自分の選択が本当に良かったのか悩むことがあるかもしれません。
そこで本稿では、2回にわたって、正確な医療情報をどうやって入手し、その情報をもとにどのように意思決定をしていけばよいのかのコツやポイントを紹介していきます。まずは、情報を入手する場面について考えてみます。
情報は多ければ多いほど良いわけではない
総務省の統計によると書籍の年間総出版数は約7万2千冊(2019年)です。これは、1ヶ月に約6000冊、1日に約200冊になります。全てが医学・医療に関する書籍ではないにしろ、全てを購入し読み込むことは現実的ではありません。インターネットでも、例えばGoogleで「乳がん、治療」で検索すると約900万件の情報がヒットします(2020.8.15時点)。しかし、これら全てを確認していくことは不可能です。
がんと診断され不安な気持ちになると、いろいろ調べたくなるのは人間の心理としてわかります。ですが、その不安な気持ちを情報で埋めようとすると、不確かな情報に惑わされ、さらに不安になる悪循環に陥る可能性があります。ですから、ときに情報の断食・断捨離をする決断が必要になることも知っておいてください。
人は見たい情報しか見ない
薬が「効く」と客観的に言うためには裏付けが必要です。そして薬の治療効果を裏付ける科学的根拠(エビデンス)には、情報として信頼性の高いものと低いものがあります。極論になりますが、治療効果の裏付けとして重要なのはランダム化比較試験(図1)で得られた結果のみです。しかし、ランダム化比較試験で効果が証明された効く治療法でも、100%病気が治るわけではありません。これを医療の不確実性といいます。
ですが、患者さんの心理としては、なんとしても治りたいという気持ちがあります。そうすると、冷静なときには見向きもしなかったような「がんが消える○○スープ」「○○を揉めばがんが治る」といった情報が気になってきます。さらに前述の通り情報はあふれていますので、気になったことを補強するような情報ばかりが、次々と目に入ってきます。これは人間の脳の癖のようなもので、誰にでも起こりうることです。
ですから、情報を収集する際に「自分は今、冷静な判断ができている状況か?」と、自分自身を見つめるためにちょっと立ち止まる勇気を持ってください。そして、もし冷静な判断ができていなかったと気がついたときには、引き返すことをためらわないでください。
人は騙されないようになれるか?
ただ、たとえ冷静なときであっても、人間の脳は情報を過小評価したり過大評価したりする癖があります。代表的なものとして人の認知機能に歪みを与える心理効果があります(図2)。
心理学的トリックと言い換えてもよいかもしれません。このような点を踏まえて、専門家などから、情報を見極める方法や注意点が提唱されています。宣伝になってしまいますが、筆者も厚生労働省の事業で「情報の見極め方」のコンテンツを作成しホームページで公開しています(1)。具体的には次に挙げる10項目をチェックします。
① 「その根拠は?」とたずねよう
② 情報のかたよりをチェックしよう
③ 数字のトリックに注意しよう
④ 出来事の「分母」を意識しよう
⑤ いくつかの原因を考えよう
⑥ 因果関係を見定めよう
⑦ 比較されていることを確かめよう
⑧ ネット情報の「うのみ」はやめよう
⑨ 情報の出どころを確認しよう
⑩ 物事の両面を見比べよう
ですが、現実に目を向けると、一つ一つの情報を丁寧に確認していく作業は非常に手間がかかります。そして、身も蓋もない話ですが、人は手間のかかることが苦手です。また、心理効果の影響を受けやすいという、脳がもともと持っている癖(特性・性質)に抗うことは難しいという事実もあります。ですから、逆説的かもしれませんが、情報を入手する際、人は騙されやすいということを常に意識しておくことが大切なのかもしれません。
[参考資料]
1)厚生労働省「統合医療」情報発信サイト:「情報を見極めるための10箇条」
https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/hint/index.html